大阪商人の鑑は太閤秀吉(2-3)
ガッコアタマになにが出来るかという彼の信念は、遂にここで爆発した。彼は信長の娘を貰ったと気付いた。たしかに生活は安定しているが、仲間の目は彼の実力を評価するのではなくて、義父の実力を評価しているだけであると気付いた。その上、夜になれば、彼女は、彼の体が魚臭いという理由で拒んだ。
彼はこのたいして美人でもない妻には、なんの未練もなかった。たしかに親方の娘と離婚するのは不利だと思ったが、彼は、この鼻もちならない妻を叩き出した。しかし世の中は面白いものだ。彼の決断に拍手する仲間が多かったのだ。彼は孤立を覚悟で離婚に踏み切ったのだが、結果としてはその逆になった。十年間彼は独身で仕事一途に生きた。そして、十歳年下の大衆食堂で働いている女性と再婚した。その頃、彼は一流の仲買人になっていた。
親方の庇護の下で出世するよりも自己の力で勝とうとした精神が成功の因といえるだろう。現在、彼は押しも押されもせぬ仲買人である。立派にガッコアタマを否定して成功したわけだ。が、彼の成功の後盾になっているのはベテランの仲買人達である。
この生き方は秀吉に似ている。典型的な大阪商人の生き方といえる。信長は独自の判断を実行に移して生きた男である。が、秀吉はそうではない。信長の開拓した方法論を応用しながら、二人の軍師(コンサルタント)という名の相談役を得ている。竹中半兵衛と黒田官兵衛である。家康もまた天海、崇伝という知識面での学僧を得て人生の軸としているのである。Kの生き方は、まさに秀吉型なのだ。
そのKの家に講演の帰りに久しぶりに立ち寄った。
「ま、酒にでもするか」とKはいい、自らが刺身をつくってくれた。
新鮮な魚だから文句なしに旨い。ついつい話し込んでいたら、彼の長男が悄然(しょうぜん)として入って来た。再婚したから、長男は中学二年生である。
「どないしたんや」Kは親父の威厳で息子に声をかけた。
「明日、学校に来てほしいんや」長男は泣きそうな声でいう。
「なにをしたんや、お前・・・」
「・・・・」
「早よいわんか。黙っててもわからんやないか」
「うん。先生が父兄に来てもらえというてはるんや・・・」
「そやから、お前は、なにをしたちゅうのや」
「うん。煙草喫うてたんがバレたんや。友人と一緒に・・・」
「あ、そうか・・・」Kは煙草を喫いながら、宙を見据えていたが、急に奇妙な質問を放った。
「お前の先生、幾歳や」
「三十五というたはる」
「ふーん、学校は何処の学校を出はったんや」
「京大や」
「ほう、京都大学か。そうか。京大を出て中学の先生か。そら、たいしたことないな。京大のオチコボレというとこやないか。それにな、近頃、煙草は自動販売機で売られてるわけや。金さえ投げ入れたら未成年でも煙草が買えるんや。そういう時代やさかいに、煙草を喫うたちゅうてメクジラ立てても仕方がないやないか。わしは学校へ行く必要はないのや。先生にそないにいうとけ」
奇妙な論理だが、一理あるともいえる。長男はにっこりして退席した。私は、彼の生き方に秀吉流が自然に宿っているのを感じた。大阪商人の血そのものである。学校頭を否定して、現代社会の矛盾を指摘したのである。