ナニワ商人の知恵と習慣

商売人と言われる大阪人のDNAに宿る「ナニワ商人(あきんど)」の知恵と習慣

スペッシャリストの衿特は「師」で表す(3-3)

ところで、言葉巧みにどういうふうにして仏具を売ったかというと、二人が一組になり、その中の一人が山伏姿になって物持の家の前に立ち、突如狂ったかのように大声で経をあげはじめる。あまりにも異様な様子に愕いたその家の主人が奉公人に理由を問いただすと、山伏は額から玉の汗を惨ませて苦しげにいうのだ。「いや、この家の前を通りかかったなら、急に金縛りになってしもうて、動きがとれん。この家には成仏しておらぬ死霊が彷徨うておいでじゃ」

などといい、巧みに家の中に入り込んで、仏壇の前で悪霊取り除きと称して経をあげ、狂った如くになり、バッタリと倒れ、やおら起き上って、仏壇の前にあるリンを取り上げて仔細に眺め、「このリンには疵が入っておりますな。この疵こそが迷うておられる三代前の御先祖の額の疵ですぞ。これは新しいリンに取り替えた方がよさそうじゃ」などというのだ。

そして、「私の力では、せいぜい二十一日ほどしか霊を鎮めることが出来んのじゃ。ま、一応、今日のところは鎮めて進ぜよう」といって拝み、なにがしのお礼を懐にして立ち去る間際に、「仏具を売る男が二十日以内にこの家の前を通り過ぎることがある。その時は、一家挙げて、その男を引き止め、新しいリンとこの疵のリンを取り替えてもらうようになさればよいのじゃ」といい残して消えてしまう。

すると、数日後に、もう一人が仏具を背負って、この家の前を通り過ぎることになる。家の者は、山伏のいっていた通りと喜び、その男を引き止めようと必死になるが、この男は、頑としてリンを交換しないといいはるのだ。「隣り村に届ける約束がありましてな・・・」などといい、次第にリンの値をつり上げていくのだ。金惜しみしない長者は、いくらでも出すということになる。

「そこまでいわれるなら、仕方がない」といって、リンを交換した上に、数十倍で無疵のリンを売ることになる。ここで、彼等二人のカラクリについて気付いた人が何人いるだろうか。なんのことはない。後の男が高値で売りつけたリンは、もともとその家にあったリンである。前者の山伏は疵のついたリンを挟に入れてこの家を訪れ、狂ったように悪霊を鎮めて倒れた時に、素早くリンを擦り換えたという次第である。資本なしで永久につづけ‘られる香具師の知恵こそが商人の原型である。